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ボツニュー体験03

無意識にわき起こる感動と、
知識の深みがあるからこその没入体験

2018年7月、世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。キリシタンが「潜伏」したきっかけや、信仰の実践と共同体の維持のために密かに行ったさまざまな試み、そして時を経て「潜伏」が終わりを迎えるまでの歴史を物語る12の構成資産からなります。
その構成資産の2つが存在する外海地区は、キリスト教弾圧の風潮が強まり歴史の波に翻弄されながらも、脈々と信仰を継承し続けた人々の想いが息づく場所です。現存する歴史の遺産や、今も地域に残る文化の営み。一つひとつ辿ることで、長崎だけに許された物語の追体験に没入できます。

どんな時も外海を照らし見守ってきた夕陽の美しさ、包み込むような海の力強さ。
追体験後に見える景色は、想像を越える感動へ誘ってくれます。

point 01

遠藤周作文学館

遠藤周作の聖地・外海

映画『沈黙-サイレンス-』原作・遠藤周作、監督・マーティン・スコセッシ。遠藤氏の原点と目された作品で、「潜伏キリシタン」の存在と、舞台となった外海地区の認知度を大きく引き上げました。彼はこの地を「神様がぼくのためにとっておいてくれた場所だ」と評し、「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」と文章が刻まれた文学碑も友人の尽力により建立されました。
遠藤氏の出身地も、居住地も、長崎ではありませんが、没後、文学館が建設される際、周囲や遺族の厚意によってあらゆるゆかりの地の中から外海地区が選ばれたことからも、思い入れと繋がりの深さを伺い知ることができます。

太陽の光がもたらす
没入感

文学館の随所に見られる意匠たち。エントランスホールに入ると、光の粒が降り注いできます。それは「外海の光」と名付けたステングラスの仕業。『沈黙』の文学世界と外海の海をイメージしたブルーのガラスに、点在する白い点が波の泡を表現しているとか。
ガラスを抜けて差し込んでくる光は、天候によって乱反射の模様を変え、自分が深い海の底に漂っているかのような錯覚に陥ってしまいます。

「沈黙」の世界に
想いを馳せる

エントランスから常設展示コーナーに目を向けると、西向きの窓が眩しく輝いていることに気が付きます。芸術作品や歴史資料を収蔵する施設において、ここまで西日の侵入を許す場所は珍しい。 学芸員の川﨑さんと言葉を交わすうちに、その謎が解けました。窓を設けた意図は、方角にありました。西洋・ポルトガルから入ってきたキリスト教を、遠藤周作は日本人の感性に合うように受けとめ、作品に描いたそうです。西を向いた窓には、「それをまた世界に向けて発信したい」という願いが込められています。かつて遠藤周作がそうした様に、はるか海の向こうの西洋に想いを馳せた、キリシタンの心に触れる体験。 文学館のメッセージと光に導かれるように、『沈黙』の世界へ深く没入していきます。

遠藤周作
という人物

遠藤氏の生前の愛用品、遺品、生原稿、膨大な蔵書などを収蔵している同館。訪れる人は『沈黙』の作品が抱かせる純文学作家としての顔とは、また違った人物像を発見することになります。例えば、ユーモア溢れるエッセイも多数執筆する、優しく温かな眼差しの持ち主であったということ。
「遠藤周作の言葉は、前向きですごく素敵なものばかりなんです。彼の色んな面を知ってもらいたくて、定期的に企画展をリニューアルしています。」と川崎さん。遠藤周作を深く知ることで、外海地区のこと、長崎の歴史のこと、をもっと探訪したくなる。そんな新しい世界へと送り出してくれる場所が、ここ『沈黙』の舞台です。

INFORMATION

遠藤周作文学館

TEL : 0959-37-6011

長崎市東出津町77番地
休 12月29日から1月3日まで
駐車場 あり

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point 02

旧出津救助院

ド・ロさまって誰?

この外海地区の発展に大きく寄与した人物ド・ロ神父を知っていますか?
259年ぶりに禁教令が解かれたのが1873年。その6年後、フランスよりド・ロ神父が出津集落へとキリスト教の布教活動のため赴任、人々の貧しい暮らしを目の当たりにします。大黒柱である父を亡くし、母と子どもだけで生きる家族も多くいました。海と共に生きるこの地域では、中心産業となるのは漁業。漁師が海難事故などで命を落としてしまうと、残された家族は貧しく生きる以外の道がなかったのです。ド・ロ神父は様々な知見を、この地域の再建に注ぎ込みました。

「自立」のために、
外海の柱になる

〈旧出津救助院〉は、貧しい人々の自立を目的として建てられました。施設群の中心となる授産場を「聖ヨゼフの仕事部屋」と称し、集落の若い娘たちに、パンやそうめん、お茶などの製造を指導しました。1階が食品加工関連の作業場、そして2階に裁縫関連の仕事場と、シスターたちの祈りの礼拝堂。女性たちにもできる仕事内容で、単なるお金稼ぎの手段ではなく、あくまでも自分たち自身で生きる力を身につけるためのものでした。
いつしか神父は「ド・ロさま」と呼ばれるようになり、出津集落を支える大きな柱のような存在となっていきました。

西洋の食品製造を通じて、
長崎の異国・居留地と繋がる

マカロニの製造は授産場とは別に工場が作られており、「マカロニ部屋」や、蔵のような見た目から「クライエ」と呼ばれていました。建物のほとんどが、経済的な面から煉瓦が少量で済むイギリス積みで施工されている中、マカロニ工場だけはより強固なオランダ積みを採用。鉄製のかまど、煙突穴や、機器を固定していたと思われるボルトの跡など、機能的な造りが反映されています。
西洋の食品を中心に製造したのは、長崎市中心部の居留地などから需要があったことも理由の一つ。作った食品を外国人に届けた複数の記録が資料に残っており、長崎に根付く異国文化との繋がりを感じます。

今も受け継がれる、
外海の生きた文化

現在も、救助院には2名のシスターがいます。訪れる人に施設の案内もしながら、出津集落で発展した当時の生活の営みを脈々と受け継ぎ、暮らしています。
シスター「ド・ロ様はとても研究熱心だったと聞いています。村人に教えるにあたって、まずは自分で実践・研究を重ね、理解してから指導に当たる。そうやって授けられた文化は今でも残っています。当時開墾してできた畑に、農作業をしにいきますよ。」
裁縫や食品の製造といった、若い娘たちの生きる術だけでなく、外海地区全体に広まっている技術もあります。この地域一帯でよく見られる石積みの塀。その名も「ド・ロ塀」。これは、地元の自然石を不規則に積み重ねたもので、赤土を水に溶かして石灰と砂をこね合わせた丈夫な素材で隙間を繋ぎ合わせています。雨にも強い頼もしい壁です。施設の外壁にあるド・ロ塀は、一部は100年以上経った今も健在です。旧出津救助院の施設群においても、表面的には見えずとも、建物の壁の内部ではド・ロ塀が用いられているのだとか。人々の日々の生活や人生、そして暮らしを守る建築技術においても、ド・ロ神父の知恵はこの外海地区に生き続けているのです。

INFORMATION

旧出津救助院

TEL : 0959-25-1002

長崎市西出津町2696-1
休 月曜日(祝日の場合は翌日)
駐車場 あり

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point 03

Tabedokoro ヴォスロール

ド・ロ神父の故郷に
想いを馳せる食事処

旧出津救助院のすぐ隣にある、〈Tabedokoro ヴォスロール〉。ド・ロ神父が生まれ育った地で、長崎市との姉妹都市でもあるフランスのヴォスロール村が店名の由来。Tabedokoroは、旧出津救助院の食堂の名称からつけたものです。店長・日宇スギノさんのぬくもりを感じるフランスの家庭料理や、マカロニ工場で作られたものが日本パスタのルーツであることにちなんで復刻されたパスタを使用した「ド・ロ様パスタ定食」などがいただけます。
「地域で育まれてきた野菜も使用するので、その日によって内容が変わりますね。今日のメニューには、山で採ってきたオカワカメを入れています。ミントで淹れたお茶も飲んでいきませんか?」と優しく語る日宇さん。出津集落の家庭にお邪魔しているような、ゆったりと落ち着いた雰囲気で料理を楽しむことができます。

地域との関わり、
外海の食文化を継承

外海地区で生まれた小麦粉を主材料とした食文化を継承すべく、日宇さんは体験教室も積極的に開きます。毎年地元の小学校を対象に、パスタづくりの体験を行なっているのだとか。
また、長崎市中心部の小学校との体験教室を通じて、小学生と共同での商品開発にも発展。「しつクロス」というクッキーが誕生しました。現在は救助院などでお土産として販売、今後イベント出店などで取り扱っていく予定とのことです。

INFORMATION

Tabedokoro ヴォスロール

TEL : 0959-25-0018

長崎市西出津町2696-2
休 月曜日(祝日の場合は翌日)
駐車場 あり

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point 04

バスチャン屋敷跡

バスチャンという人物

かつて、この地で信仰を守り、布教活動を続けた伝説の日本人伝道師・バスチャン。外海や浦上、五島の人々が、日繰り(キリストの生涯に関する祭式を年間に配分した典礼暦で、1年を通じて信仰心を高揚させるように作られたもの)や予言などを残した人物として語り伝えてきました。
ここは、バスチャンが役人に見つからないように隠れていたと言われる屋敷跡。途中に出会う石積みのド・ロ塀を抜け、小径を縫うように山奥へ進んでいくとやっと辿り着く、小さな建物。「隠れキリシタン」という言葉が示す意味を、訪れる人は身をもって体感することになります。

屋敷跡が物語る、
隠れキリシタンの信仰の深さ

辺りは森閑な雰囲気で満ちており、脇を流れる川のせせらぎが響いています。まっすぐに上まで伸びる背の高い木々たちが空を覆い、わずかに漏れてくる陽の光。足元の石造の細い道はうっすらと苔むし、湿った空気が伝わってきます。
開けた空間に行き着いてから、20メートルほどの緩やかな傾斜を見上げた先に屋敷跡が。一歩一歩踏みしめるように登っていき、この場所でキリシタンを待ち続けた神聖な古小屋とようやく対峙できるのです。そこで初めて気付く、屋敷跡のスケール感。成人男性の視線の高さほどしかないこの小さな場所を、何人もの信者が目的地にして訪ねてきた事実。自分の足で小径を歩き、目の前にして初めて、その重大さが肌で感じられます。
静かに佇む屋敷跡が、伝道師と隠れキリシタンが密かに繋ぎとめた信仰心の深さを物語るように、心の中に語りかけてきます。

INFORMATION

バスチャン屋敷跡

TEL : 0959-24-0211(長崎市外海地域センター)

長崎市新牧野町1397-1
休 なし・見学自由
駐車場 なし

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point 05

CAFE OZIMOC

高台にある
古民家カフェ

見所の多さと、一つひとつの場所に眠るストーリーの深さに、じっくり巡ると自分でも気付かないうちにのめり込んでしまっている外海地区。そんな時、少し足を止めて、海をゆったりと眺めながら憩いの時間を過ごしてほしいのが〈Cafe OZIMOC〉です。
旅の途中にぜひ立ち寄ってみてください。世界文化遺産に登録された構成資産でもあり、ド・ロ神父が信徒のために設計した〈大野教会堂〉のすぐそば、ということも魅力的です。期待を胸に膨らませて、小高い丘の上まで登ってみましょう。

時間を忘れて、
パノラマの大自然に没入

お店の周りは手入れが行き届いた花と緑に囲まれており、すぐにこのカフェが創り出す世界観に引き込まれていきます。ひっそりと自然に包まれた様相は、世界文化遺産の一つとして並んでいても違和感がないような趣で、店内に入っても、息を呑むような空間にため息が出ます。
壁一面に設けられた窓には、はるか先の方まで見渡せる雄大な海の眺めが映し出され、窓辺の席でぼーっと見つめていれば、穏やかな波とスローな時間の流れに没入。

理想の移住先を求めて、
長崎・外海へ

フード類は「スパイシーキーマカレー」や「キッシュのセット」、ドリンク類も各種揃うお店。切り盛りする小溝さん夫婦は、関東からやってきた移住者です。二人は移住先に、少し坂を登ったあたりにある、素敵な景色が望める場所を探していました。しばらくはイメージに合うところが見つからずにいましたが、この物件はまさに理想ぴったり。建物はかなり手入れが必要な状態でしたが移住を決めました。
どちらも物作りが好きだったので、コツコツと自分たちの手でリノベーションを開始。なんと約15年の歳月を経て、2018年に念願のカフェをオープンしました。
そんなお話を聞きながら店内を見渡すと、1日外海を巡ってきたからこそわかる随所へのこだわり。石やレンガを使った壁は、この外海地区で生きることを決めた夫婦の想いが詰まっているように思えます。完成度の高い空間でありながら、気取らない雰囲気の絶景カフェで、やすらぎのひと時を過ごしてみてください。

INFORMATION

CAFE OZIMOC

TEL : 050-7583-2734

長崎市下大野町2542
休 火、水、木曜
駐車場 あり

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point 06

長崎県美術館

長崎の旅をより深く、
充実したものへ

歴史をたどる探索、絶品グルメめぐり、風光明媚な景色と出会う旅など、長崎での楽しみ方は何通りもあります。その一つとして特筆したい美術鑑賞。港町らしい開放的な立地にある〈長崎県美術館〉は、長崎特有の歴史文化を新鮮な視点で再認識できる場所です。​​
建築家・隈研吾がデザインしたモダンな風合いは、周辺環境と調和した透明感のある建物で期待がさらに高まります。旅の趣を一層深めてくれる、アートの世界へ没入。

フアン・カレーニョ・デ・ミランダ
《聖アンナ、聖ヨアキム、洗礼者聖ヨハネのいる聖母子》
1646-55年頃/長崎県美術館

なぜ、スペイン美術
コレクションが長崎に?

ここには、全国的にも類を見ないほど充実したスペイン美術が収蔵されています。ある人物のコレクションと、異国との交流により発展した長崎独自の文化の系譜にありました。
第二次世界大戦中、特命全権公使としてスペインに駐在した須磨彌吉郎は、美術を積極的に収集しました。その一大作品群を「須磨コレクション」と言います。総数1,700点を超える作品のうち約500点が同館に所蔵され、コレクションを基点に収集されたスペイン美術も見応えがあります。有数の規模を誇る西洋画ギャラリーとしての特色も持ち合わせているのです。
また、長崎の地で西洋美術を鑑賞すること、そのものに大きな意味があります。かつて、キリスト教布教のために長崎を訪れたポルトガル人やスペイン人宣教師たちは「南蛮人」と呼ばれ、彼らがもたらした西洋文化に刺激を受けて発展した独特な美術は「南蛮美術」と称されています。その南蛮人、そして南蛮美術によって形成されてきたのが、異国情緒豊かな長崎の個性。西洋・スペインと接点を持ち続けることで、現在訪れる人に、異国文化の伝来というインスピレーションを感じさせてくれます。

2022年1月23日(日)まで
「長崎の美術7 池野清展」
「長崎と独立美術協会の画家たち」
山崎正明《大浦海岸》1934年/長崎県美術館
池野清《鳩笛たち》1959年/長崎県美術館

気鋭の美術集団・
独立美術協会と、
長崎ゆかりの美術家たち

長崎市出身の洋画家・池野清の回顧展が開催中です。
あわせて、池野清が主な舞台として発表していた独立美術教会の画家たちによる作品も展示されています。
「独立美術協会」とは、1930年、当時の既存団体から離れた小島善太郎、里見勝蔵、児島善三郎ら14名の気鋭の作家が集い結成。以来、野口彌太郎など、近代美術史に輝かしい功績を残した数多くの画家を輩出してきました。現在も創立時の精神をそのまま引き継ぎ、国内有数の美術団体として「独立展」開催などの活動を精力的に行なっています。
昭和時代の長崎における美術の発展は、諫早市で幼少期を過ごし、生涯に渡って長崎と関わりを持ち続けた野口彌太郎を筆頭に、この独立美術協会と密接な結びつきがありました。長崎と独立美術協会が双方に送り合った風を感じられる、厳選したコレクションをお楽しみください。

2021年11月21日(日)まで
「清水久和のデザイン」
清水久和×天童木工「ラケットチェア」2015
清水久和「チューチューシャンデリア」1994

現代アートも魅力

歴史を感じる絵画だけに留まらず、現代のアーティストが表現する作品にも触れられるのが長崎県美術館の魅力です。長崎県諫早市出身のプロダクトデザイナー・清水氏は、ワークショップを開催したり、一点物のデザイン「チューチューシャンデリア」が所蔵されるなど、同館と継続的な関係性を築いてきました。これまでの代表作(家具、家電、日用品など)や、日常の取るに足りない物に光を当てるデザインリサーチ活動「愛のバッドデザイン」などを紹介。故郷で育んだ感性から生まれる作品に触れてみてください。あなたもまた、旅の途中で何気ない気付きに出会えるはずです。

INFORMATION

長崎県美術館

TEL : 095-833-2110

長崎市出島町2番1号
休 毎月第2・第4月曜日、年末年始
駐車場 あり

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point 07

小野原本店

プレミアムな長崎土産・
からすみ

日本三大珍味のひとつが長崎にもあることをご存知でしょうか?三河のこのわた、越前のうに、そしてこのからすみです。からすみは、ボラの卵巣を塩漬けし、塩抜きをした後に天日干しで乾燥させたもの。〈小野原本店〉は、全ての工程を手作業にこだわった絶品のからすみを販売する老舗です。
長崎産ボラの産卵シーズンである秋ごろが仕込みの季節。一年に一度しか採れない希少な素材を、手間ひまかけて一級品のからすみに仕立てています。皇室ご成婚や即位式の饗宴の際にも納入されるほどの、長崎が誇る高級品。バリエーション豊富な物産品の中でも、ツウな大人が選ぶからすみの美味しさには、まさに没入してしまいます。

家庭で楽しむ、
長崎生まれの西洋パスタ料理

実は、日本以外でも台湾やイタリア、スペイン、エジプトなど世界各国で作られているからすみ。台湾では烏魚子(オーヒージー)、イタリアではbottarga(ボッタルガ)という名前で親しまれています。中でも、イタリアのからすみは薄くスライスしたり、おろし器で粉末状にするなどして、カナッペやパスタ、リゾットといった料理に使われることが多いのだとか。
〈小野原本店〉には、「からすみスパゲッチーセット」や「からすみパスタオイル」など、パスタに和えるだけで美味しくいただけるお手軽な商品もあります。なるほど、の組み合わせです。セットで用意されているのは「長崎スパゲッチー」。ド・ロ神父が外海地区の村人たちに指導し製造されたパスタを、現代に復刻すべく誕生しました。由緒ある長崎生まれの名物を持ち寄れば、西洋の風味たっぷりの一皿が出来上がります。

古き良き景観を守り続ける
商屋建築

お店の現存の建物は、「文化庁登録有形文化財」に登録されている黒漆喰の商家建築。幕末から続いていた店舗は、大正時代に一度火災にあってしまいました。その経験から建築された主屋と附属屋は、煉瓦の防火壁や鉄扉を用いた防火対策重視の頑丈な造りに。これらの構造のおかげで、1945年8月9日に長崎へ投下された原爆から建物を守ることができたのです。消失を免れ、戦前から続く貴重な文化財としての価値を認められました。
同時に、長崎市が指定する「景観重要建造物」や「第12回長崎市都市景観賞」を受賞するなど、様々な観点から評価されているこちらの店舗。長崎の台所と呼ばれる「築町」で、今も商店街の交錯地点で行き交う人々を見守っています。建物そのものの優れた様式はもちろん、特徴ある長崎の町並みを形成し、歴史を物語るランドマークとなっています。

INFORMATION

小野原本店

TEL : 0120-48-0261

長崎市築町3番23号
休 不定休(1/1はお休み)
駐車場 なし

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point 08

史跡料亭 花月

歴史の香りを
留める場所

長崎の歴史を色濃く残す長崎市丸山町。そのタイムライン上で大きな存在感を放つのが〈花月〉です。寛永19年(1642年)に誕生した、県指定の史跡でもある料亭で、徳川家光の時代から幕末、明治期に至るまで、国際人の社交場としても評判の場所でした。長崎に来往した文人や維新志士たちがその空間を愉しみ、会合を重ねました。
詩歌や版画などにもたびたび紹介されており、文豪・遠藤周作の「長崎切支丹三部作」の一作品としても知られる「女の一生 一部・キクの場合」の物語の中にも登場しています。

厳かな庭園風景と
絢爛豪華な室内装飾

庭園や建物は、当時より継承されたもので、かつての華やかさが感じられる没入空間です。利用シーンや人数に合わせて使い分けができる部屋は、維新志士が通った跡が残る「竜の間」や、和と中国様式が混ざり合った長崎らしい絢爛豪華な雰囲気の「春雨の間」など、それぞれの世界観を持っています。「竜の間」は、坂本龍馬が付けたとされる刀傷でも有名です。
元禄時代に造られた庭園は各部屋から眺めることができ、八百坪の庭園をそれぞれに切り取ったかのような、部屋ごとの「庭園の表情」を愉しむことができます。

INFORMATION

史跡料亭 花月

TEL : 095-822-0191

長崎市丸山町2−1
休 不定休(主に火曜日)
駐車場 あり

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point 09

長崎検番

芸者を育て、町を盛り上げる。
長崎の伝統的な芸能事務所

〈花月〉などの料亭は、長崎のおもてなしの舞台であり、そこへ出向いて会を盛り上げる芸者は歓待に不可欠な存在でした。長崎では、「芸妓衆(げいこし)」といい現在でも活躍しており、日々稽古に励みながら、宴会やお祝い事に呼ばれています。
芸妓衆が腕を磨く場を設けたり、依頼を取りまとめて手配したりする、重要な役割を担う組織が〈長崎検番〉です。今でいう、芸能事務所のような存在でした。外国人との交流が盛んであった長崎において、このようなおもてなしの文化が発展することは必然。「江戸の吉原」、「京の島原」と並ぶ三大花街とまで謳われた「長崎丸山」は、まさに時代を動かす人々が集う夢のまちだったのです。

栄光と衰退、
そして現在へ

明治時代、当初は芸妓衆を抱える置屋と料理屋の間に立って、双方の調整を図る役割に過過ぎなかった検番。最盛期を迎えた昭和初期には、市内数カ所に存在し、数百名もの芸妓衆が在籍するように。ところが、時代の流れで花柳界は縮小。それに伴い検番の統廃合を経て、唯一となった「長崎検番」が現在のプロダクションの形を成すようになったのは、昭和50年代の頃でした。

重厚な歴史と、親しみのある
長崎の伝統芸能に没入

長崎検番」の事務所は丸山の本通りに構える、築100年を超える木造建築。芸妓衆は事務所に集まり、広間で演奏に合わせて稽古に励みます。若手もベテランも技術の研鑽を惜しまず、何度も細かくチェックを繰り返すプロフェッショナルな姿勢が伺えます。
敷居が高いイメージですが、実際はとても親しみやすく盛り上げてくれる、それが“長崎式”の検番です。お客さんをお迎えし、芸妓衆が宴席の内容や季節に応じた唄と踊りを披露。その後、お客さんも一緒にみんなで輪になって簡単な踊りを体験できる参加型の伝統芸能です。料金も時間制でわかりやすく、結婚式や法事、宴会の席と、夜でも昼でも、検番を呼ぶシーンは実に様々。決して一部の人が愉しむためだけのものではないのです。
新しい担い手も積極的に募集しており、近年も県外から10代の若手が検番に入ってきたとのこと。かつて「丸山」という地名が築き上げた華美な夜の街の様相は時代と共に影を潜めましたが、おもてなしの心と伝統は現在に受け継がれています。

INFORMATION

長崎検番事務所

TEL : 095-822-0168

長崎市丸山町4番1号

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